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和歌山県橋本市に『はたごんぼの歌』(その1)

6年前より田んぼ作りにかよっている和歌山県の伊都橋本地域では、周辺にも地域に根差したさまざまな活動があり、僕としては『田んぼオブザワールド』がきっかけとなり、いくつものご縁ができました。9月に橋本市柱本で行われた「わかやまの棚田・段々畑サミット」での棚田コンサートも大いに盛り上がりましたが、今回は同橋本市は西畑地区に復活した幻の農作物「はたごんぼ」の話。

 

 

国城(くにぎ)山麓の斜面に張り付くようにある西畑の集落は、今は少ない家と周りに柿の畑がちらほらと広がりますが、かつてはここの斜面と豊かな土壌を活かし、太くて長いごんぼ(ゴボウ)「はたごんぼ」の一大産地でした。江戸時代の頃には紀の川を筏で下り大阪などへ運んでいたり、農作物の採れなかった高野山へ毎年奉納したりと、この土地の誇りであり、大事な作物でした。ところが、ごんぼ栽培はとても重労働で、「はた(西畑)へは婿にやるな」と言われたりするほどだったそうで、他の山村地域と変わらない事情で人が減る中、一つまた一つと、果樹の畑へと変わっていったそうです。

 

 

さて今から9年ほど前にここに住む何人かのメンバーで、このはたごんぼ復活への話が持ち上がります。調べていけば各家からごんぼを掘るトンガという道具もたくさん出てきて、かつての栽培の記憶のある年長者に教わりながら、種を撒き、丁寧に育てると、見事なごんぼが掘れました。「これは!」と気運が高まり、和歌山県や、企業の協力も得て、ごんぼの産地復活へ、開墾が始まります。そして、幻のごんぼと言われた最大直径8cmほど、長さ1mほどの大きなごんぼの収穫に成功。昨年には和歌山県の推奨農産物「プレミア和歌山」に選ばれ、地元だけでなく、周辺や県外へも話題が広がっています。

 

 

そんな中、中心人物の一人だった素和(そわ)治男さんから「はたごんぼの歌を」とあったのは2年ほど前のことだったと思います。筒香での田んぼづくりから生まれた「田んぼオブザワールド」をとても気に入ってくれていて、素和さん曰く「Choji君とは波長が合うから」ということでした。前述したような西畑とはたごんぼのこれまでのいきさつは手紙でもらいました。

 

 

いつまで、という感じでもなく、なんとなく西畑へ通うようになりました。畑を歩き、できたばかりの直売所「くにぎ広場」のみなさんと仲良くなり、すると昨年の12月高野山へはたごんぼを持って歩く「雑事のぼり」の際に、「はたごんぼの歌ができます。」と宣言されたのでした。高野山へ8時間かけて歩きながら、思い出していたのはここの歴史と、くにぎ広場のおばさまたちの笑顔でした。よし、一年ごんぼの畑を追って、歌もいっしょに収穫しようと。

 

 

 

種蒔きからまた1年かけました。そして「はたごんぼの歌」完成しました!

 

つづき【和歌山県橋本市に『はたごんぼの歌』(その2)】

 

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